若き日の思い出がある。

私が以前に勤めていた製薬会社に入社してから何年かたった頃、熱心さだけが売りだった私は、とある大病院の心臓血管外科を攻略中だった。

自社製品の注射剤が心臓手術の体外循環を行う際に事前投与を行うと予後が良くなるという文献を見つけ、文献片手に心臓血管外科のDrの一人に日々宣伝活動を繰り返していた。

そんなある日、医局にいると そのDrが声をかけてくれた。「おーぃ伊東君、君の薦めてたあれなぁ使ってみたら、いい感じだぞ」

私は小躍りして喜んだ。そして今後の参考にしようとDrに質問した。
「先生、具体的にどの部分が良いとお感じになりましたか?」

何せ心臓血管外科が体外循環の時に使う注射剤なのだ。どんな難しい言葉や検査値の数値が飛び出してくるかと私はメモの用意をした。

Drの答えは当時の私の常識では「は?」と思える事だった。

「あぁ!術後の患者さんの手がなぁ、いつもより温かいんだよ」

当時、本でしか病態を知らず患者さんに接した事のない私には不思議な答えだった。

検査値だけでなくDrは、ちゃんと体からのメッセージに耳を傾けていたのだ。

大きな勉強をさせられた一言だった!

今の私は、この体からのメッセージだけが頼りの仕事をしている。

体は検査値などで異常値が出る前から何かしらのメッセージを出している事が多い。本人や周囲がどれだけ、その声を聞き取れるかが重要な気がする。